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かさなる

カオナシの無力そうな佇まい
表情の無い仮面と
失われた言葉、声
慢性的な飢え
普段は押し隠された、暴力的な、全てを呑み込む腹の口


自分と重なる。

私が自分の事ばかり考えるしかないのは

他人に向ける顔がない
自分の顔が分からない

という2点に尽きるのかもしれない。

だからカオナシ。


自分の「顔」すら分からず、腹の内も読めない。

ただ、辿り着くべき言葉を失った、黒々とした慢性的な欲求不満だけが身の内を駆け巡っている。


何処に居ても本当には打ち解けられない。
そもそも自分が誰なのか分からないから、開示のしようもない。

他人から全てを借り、他人の優しさに依存しきった、蓋を開ければいるんだかいないんだか分からない、オバケのような虚ろ。


シニタイ?
イキタイ?
ナニガシタイ?
ナニガホシイ?


カオナシには具体的な欲求がない。
欲求のある人に求められたい。

でも、与えても与えても、それは自身の欲求になりえたのか分からないから、満たされない。

これといった欲求がないのに、だからこそ底無しに欲深い。

際限なく、決して満たされない「何か」を求め続けるしかない。



そんなのは…嫌だー。


カオナシはカオナシでいいんじゃない?とか言いたくない。

よかねーよ。ほんと。


しなきゃマズイことは山積していても、したいこと…は…分からない……。

死にたいというのだけはあるけど。
それはいずれ叶えられるから それまで生きるモチベーションが…m(_ _)m


ゲームか何かをやってりゃハマるし楽しいけど、それは仮の達成目標を次々に与えられて、目標がないことを一時脇に置けるからなだけであって、本当に楽しいか聞かれると…効きの悪い鎮痛剤を飲んだぐらいの「楽」さしかない。

映画やアニメや小説も、目標を持った他人のドラマの中に、日常を脇に置いて一時的に入り込めるから、「その時は楽しい」のだ。


娯楽というよりは鎮痛剤のような使い方をしている。
痛みが酷くなると、現実に近い作り話から順に受け付けなくなる。



自分に与えられたドラマは、今のところさして楽しくない…らしい。

楽しむ努力をしてないからですかね?

色々やってみても心が動かないのは、楽しもうと積極的にテンションを上げてないからなんでしょうか。
(自動的にテンションは上がらない)

無理してイェーイとかやれば楽しくなるんでしょーか。
いぇーいひゃっふー。


衣食住に事欠かず、周囲に支えられ、日々いじめや虐待を(外から)受けているわけでもなく、これだけ恵まれていても、楽しくない、とか、ほんとコイツ早く死ねばいいのに…と思います。


この先もずっとカオナシのままならば、とっととご退場願いたい。です。
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