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作為的な「空気」

少し前から、今在る洋服の大部分を着たくなくなっています。
むしろ全部…9割捨てて良い、ような気分。

今まで普通に着ていたものが「何かイヤ」です。

どうして嫌なのかは分かりませんが、
本当に着たいと思う洋服がそれほどない中で、
あまりにも私服が少ないと着ていくものがなくて、
買わなきゃいけないという気持ちから買っていたものが多いからかもしれません。


今の服が嫌だからといって、
最新の、流行の服?を着たいわけではありません。

私は、感性がズレているのか、老けているのか、どうしてああも元気に、毎シーズン、これが流行るんだってー!今はこれをしなきゃ!的な情報に振り回されて生きていけるのか…分かりません。


時々自分が女ではないのだろうか…という錯覚に陥ります。

女が好きとか男が嫌いとかいうわけじゃないけど。


女物の洋服は可愛いと思う。モデルも可愛いと思う。
でも着たい、欲しいとは思わない。
そして、流行が理解できません。


やたらリボンがついてればいいとか、
ボーダー、マリンがいいとか、
ゴムやエナメルのベルトを腹より上にがっちりするのがいいとか、
革が旬、の次はジーンズ生地が旬。

冬になると皆がブーツを履きだす怪現象が起きたり。

(ブーツじゃなきゃいけない理由は何?)



女性向けのもの(主に雑誌)が、
わざとなのか意図的になのか、
バカっぽさを演出してるのも、気に喰いません。

とにかく軽く見える。
可愛さとか美しさってこういうものなんだっけ???
と…か…思います。

男を手玉に取るためには、あえて頭の悪さ、可愛さを前面に出すほうが女性として「賢い」等という見地からなのか、女性はちょっとバカで露出高めで、かわいくなきゃね!という、誰かの意図なのか…分かりませんが、

男性の望む女性

社会の望む女性


所謂ジェンダーっていう奴?

そういうのが全開すぎてついていけません。

きっと書いてる人(女性であろうとなかろうと)は、その価値観に染まってるから何も疑問に思ってないのだろうけど。


男女平等を声高に叫び「過ぎる」のも、

女性の権利あるいは男性の権利のみを主張するのも、

なんだかなぁって思うけど。


女の子はこうだよね!とか(逆も)

そういうのがキモチワルくて仕方ありません。



価値観の植え付けは幼児期から始まります。

例えばプリキュア。

幼児(女児)へ、関連商品に興味を持たせ買わせる為に色んな刷り込みをしているように見えますw


今放送されているものは、

変身する棒とか機械?の関連グッズだけでは飽き足らず、

洋服を売るため…ファッションに興味を持たせるように作られるらしい、という記事を読みました。


内容もそんな感じらしい。

まずは主人公が眼鏡と髪型がダサいと指摘され変えて明るくなります。

指摘した方はファッション部を立ち上げます。
(その人の姉はカリスマモデル)


男っぽい生徒会長は、実は兄の為に強がっているだけで、カワイイものが大好きで、ファッションに興味大。
裁縫とかを見て楽しそう☆と目を輝かせます。



どんな女の子も、

やっぱりファッションに興味があって、

カワイイ洋服が好きで

裁縫とかにも興味を持つべきだね!☆

色んな洋服買いまくってね☆


と言われてるような気がしてしまいます。

(あえて穿った見方をするのであれば)

~~~~~~~~~~~~


今も外を出歩くと、
ジーンズを皆がこぞって「ロールアップ」してますが、

単に巻き上げてるだけ……

…何処が良いの…?

「あなたも裾をちょっと巻けば『今風』になるのにねぇ…」
と親に言われますが、余計なお世話です。

何でわざわざ巻くんですか。

暑いなら分かるけど。


ブーツカットやらスキ二ーやら、
色んなカタチに飽きがきたから、

次は裾を巻けばいいんだぜっていう?


つか、一昔前は「ダッサ!!」と笑っていたくせに……

暑い時に巻き上げても許容され易くなり、更には流行りに乗っていると思われる…という事は良いのかもしれませんが。

どんなスタイルも、
雑誌や店が沢山それを並べれば、許容するの?


良く分からん。


ファッションも多様化したと言いつつ、
いいように制御されてる。



そして…最近の洋服は……めんどくさい(-∀ー#)


自由に身を飾れる様になった時代は歓迎されるべきですし、

地味で洋服に頓着しない人は

あんまり綺麗じゃぁありません。(w


ただ、今の洋服は、沢山の小物が必要なように、計算されて作られているとしか思えません。


重ね着「できる」 と 言うべきなのか

重ね着「しなければならない」 と 言うべきなのか…。




一着の寿命も短い。

ほぼ使い捨てにされ、作った半分が売れ残るのが当然、
という風潮はどうなのよwww


洋服作る人はそれでいいと思ってるのかな?


素材に対する想いとか 自分のデザインに対する想いとかは

そんなもんなのかな?



すぐ壊れる、すぐ着れなくなる、着れる状態でも着れなくなる。

プチプラ、とかそういうのが、結局、大切なものが買えない、お金の無駄遣いを生みだすことを、誰も指摘しない。




着る人の事も、洗濯の事も考えてないものが多い。

安いんだから数回洗ってダメになっても文句を言うな、といわんばかりの荒い作り。

(ちゃんとしたのを売ってるとこもありますよw

だから私は安すぎる店が淘汰されて、ちゃんとしたものを売る店が残って繁盛すればいいと思う)



靴は、足を痛めるようなものでも平気で売られている。


あえて足がダメになるようなものでも、美しさを追求して履く、それが良い…とか言ってる人が居たけど何考えてんの?と言いたい。飾りでしかないモノが、飾る「本体」を傷付けるようなものであっていいのだろうか?



実用性が無かったら、その上にいくらどんなデザインを施したところでも意味が無い…
と、私は思います。


洋服だけじゃない。




それから、流行。

人と同じものが嫌でオリジナルを求めて、でも作り手側が既に示し合わせているので、似通ってしまう。

その雰囲気が苦手です。

そして皆それに嵌り込んでいる事で安心感を得ている→「異」を認めない社会


(貴族が昔繰り返していた「流行」とはまた違った空気だと思う)

(今のは、作為的すぎる)



似てないと、いけない、似てないと、怖い、認められない…

っていう思いがあるんでしょうかね…。

純粋にそのデザインや毎年の流行に納得して、好きだ!と思ってその恰好をしている人もいるのでしょうが…。


全然関係ないのですが、

「現代アート」というものにも、私は流行と似たような空気を感じます。

この空気を持っているものでなければ、現代アートになれないのか、
それとも、現代アートと名乗ることでその空気を身に纏ってしまっているのか、
全て私の「色眼鏡」の成せる業なのか。
分かりませんが。


なんや皆同じようなツラをしている。

とても個性があって、それぞれ違うのに…。

「集合意識」というのがあるのなら、
それの「映し」だから、なのかもしれませんけど。


その「なんとなく」の「枠」から出てるものは、そのヒトの貌がある。

でも「枠内」にあえて留まって、その雰囲気を好んで作っている人もいるのでしょうね…。
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