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食べなきゃいい、と思うんです。

口蹄疫のニュースはあまり大々的に報道されないようですが、何故でしょう。

畜産関係の方々は大混乱してると思うんですけど…多分…。
遠いし九州の方に知り合いもいないし、実際のところは分かりませんが;
なので私は推測でしかものを言えません。


…殺処分は可哀そうですが、
(まぁどのみち殺す為に飼ってたワケですが)

もし発症していると、とても「痛い」そうで。


wikiより。
一般的には、感染すると発熱、元気消失、多量のよだれなどが見られ、舌や口中、蹄(ひづめ)の付け根などの皮膚の軟らかい部位に水疱が形成され、それが破裂して傷口になる。但し、水疱が形成されないケースも報告されている。「口蹄疫」という病名はこれに由来する。水疱が破裂した際の傷の痛み(細菌によるその後の二次感染も含む)で摂食や歩行が阻害され、体力を消耗する。幼畜の場合、致死率が50パーセントに達する場合もあるが、成畜では数パーセントである。しかし、上の症状に伴い乳収量や産肉量が減少するため、畜産業に対しては大きな打撃となる



飼ってる人も大変だけど掛かった動物も相当…苦しんでるのでは?

苦しんでるのが人間じゃないから気にしないんでしょうか。

別に後で「補償」をすればOK的な?


というか、何故現場の映像があまり流れないんでしょうか。
私がたまたまそのニュースを見てないだけ?




で。鳥インフルエンザの時も思ったけど、

そもそも、何で、そこまでして、肉を、食べるんですかね?


肉を食べなくする、
っていう選択肢はないのでしょうか。

(肉を食べたい人が大量にいる為に、一か所で集中的に沢山の動物が飼われている。その為、何かの病気が流行り出すと、一気に沢山の動物が苦しむし、人にもうつる場合は最悪)


…肉を食べなくても人は生きていけます。



口蹄疫の事を全然報道しないテレビでは、
飢餓で苦しんでる人を募金で救おうとか、
○×を買ったらエコとか、
地球を大切にとか言ってる割には、
毎日、グルメ番組のオンパレードです。


肉を生産する、っていうのは、

かなり「エコじゃない」し、

人間に回せる穀物を大量消費し、
より量の少ない食べ物を作ってる、ってことで、

かなり、非生産的です。


或いは、餌として穀物ではなく骨粉を与え…
「共食い」をさせる…。
リサイクルで良いとか健康云々言う以前にキモチワルイです。



また、肉を生産する為には動物を飼う場所が必要ですよね。

その為に、当然ですが、地球上は平原ばかりではないので、
森林伐採が行われます。

後は、動物から出る栄養豊富な糞尿が海に流れだすと、
プランクトンが異常発生する赤潮を引き起こしたり、
(魚は窒息死)
環境に影響を与えているそうです。

で、使われた土地は、蹄で土が踏み固められて、不毛の土地になるそうですので、使わなくなったら緑が復活するどころか、砂漠化するってことらしいです。

壊すのは簡単、復活させるのは難しい。

自然を壊して同胞を飢え死にさせてまで、
肉を食べたいですか?



動物を、肉が食べたいと言う欲の為に、

生まれてから死ぬまで自由を与えずに、
ひたすら食べさせ、
より太るために変なモノを与えたりしつつ、

殺す為に育ててるっていう事実。


そして、何も感じずに、
殺し続けていると言う事実…。


私は肉食自体を悪だとは…言いきれません。

野生で生きている動物を、
こちらも野生で(?)生きていかなければならなくて、
生き延びる為に殺す、なら、分かります。

穀物も無い冬で、肉しか食べるもんが無いとか。

でも、食べるものが十分あるのに、肉が食べたいからと、生まれる前から管理しておいしくなるように育て、良心の呵責を感じないように見えない所で殺す、その為の「工場」があると言うのは、どうなんでしょう。


話題のイルカと比較するのもナンですが、
イルカよりずっと自分達に近しい生物を、
よくも平気でパクパク食べられるもんだなぁと思います。

(生産者の方はそうでもないかもしれないけど、
消費者は何も考えないで「肉は肉」「豚さんは豚さん」みたいに考えがち。
安愚楽牧場のCMとか個人的にありえない。黒過ぎる。

見てられん)

人は、考えなかったり割り切ったりすると、簡単に、とことん非情になれます。
非情と言うか、何も感じない。

肉を食べると言う事に、何の躊躇いも考えも浮かばない。

それは多分、「殺してる実感が無いから」「一緒に生きた事が無いから」だと思うんですけどね。
だから、何も、思い浮かばない。

「いただきます」と口で言えたところで、
その実何も「いただいている」とは思ってない。


離れた土地の事や、知らなかった事を瞬時に知れる時代にはなってきましたが、
たとえ情報が沢山あろうとも、「知ろう」としなければ、知らないままです。


目の前の肉について、知りたい、考えよう、と思わなければ、
それは、ただの肉の塊でしかなく、それ以上にもそれ以下にも「見え」ません。



国産肉の生産地が大打撃を受けていることから関連して、肉の「生産」についても、関心が行ったらいいのになと…思います。

ついでにベジタリアンか肉を控える人が増えればいいな…と。

肉食を簡単に止められないにしても、
避けたり減らすことぐらいは、出来…ないですか?


~~~~~~~~~~~~~~

追記。

前にも同じような記事を書いてますが、
ずっと同じ事を思い続けています…。


肉だけでなく他の食品や、生活の中の様々なモノが問題を抱えているようです。というか、抱えています。
知ろうとしなければ知る事も無いし、何か問題が起きたとしても、原因は別の所にあると思ってしまうでしょう。


アトピーや病気から、そういうところに関心を持てる人は、ある意味恵まれてるのかもしれない、と思ってしまうぐらい…。


肉を食べると頭が重くなり、気持ち悪くなる…というのと、狂牛病や鳥インフルエンザがあったから(について考えたから)、今私は肉食をやめています。

突然言い出したので、変な宗教にハマったのか?!とか、可哀そうに…と心配されましたが、宗教じゃないですし、ショックが強すぎて食べるのをやめたというわけではありません。


むしろ実験でマウスを解剖した時、哀しいとか痛いとか、何も感じなかったクチです。
(眠らせてたし痛くは無かったと思うけど…)


「そうか、これは別に手術とかじゃないから、切ったらもう縫えない(縫わない)し、もう死ぬしかないんだこの鼠は…。」とか「動物って案外簡単に死ぬんだな、ここ(肺と心臓の血管)を切ってしまったらもう終わりか。」等と思ったぐらいです。

(そのとき鬱っぽかった上に、「スイッチ」を切ってたからというのもありますが)

その後弁当も普通に食べられて、鶏の空揚げを食べつつ、
友達には、可哀そうだった~と言いつつ、
特に何も感じていない自分に、
これは逆にヤバイかも、と、何も感じない事に罪悪感を持ったのを覚えてます(ややこし)

たかが高校の授業でどうして動物を殺さなきゃいけないんだろう、とも思いました。

…それから。

最後「致命傷」となる部分を担当して切ったのですが、

内臓が見えていて、でも眠っている、
もうあと僅かで死んでしまう命を目の前にして、

小動物を殺して悦に浸る気持ち、妙な征服感というのか、

支配欲?力を得たという勘違いから来る万能感?

何と呼べばいいのか?

本当に、微かだけど、自分の中にもあるのが見えました。


一線を越えたら、あの向こうに行ったら戻ってこれないっていう「線」が、ミリグラムぐらいだけど、遠~~くの方に、見えてしまった。



一瞬で否定しましたが、在りました。

「あれ」の塊がアタマを支配してると、所謂犯罪者になりやすいんだろうなとかw

こわいです。


私には、自分の中の「野蛮さ」を少しでも「消す」為に、
肉を食べる事を止めてる、っていう面もあります。

地球や環境や動物の為もあるけど、
結局は自分が「心地よく」生きられるかどうか…。

「野蛮さ」から遠ざかりたいから…

自分の中の「獣性」を出来る事なら消し去りたいから。

(無理ですけど。出来るだけ小さくしたい)

不純? 勝手? な動機です。


そんな理由で食べてない人が、他人に勝手な価値観を押しつけるのは、あまりすべきではないと思いますが、実際問題として「肉食がよろしくない」のも確かです。



せめて動物を大量生産してまで殺すのはやめてほしい…。・゚・(ノд`)・゚・。



こういうのを偽善と呼ぶのかな。

分からん。

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テーマ : 食に関するニュース
ジャンル : ニュース

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