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苦しみぬいて 得られるものを 
手にしようと 伸ばした時は
分からなかったであろう その 重さを 
今背に負って 誰もが 生きる

それでもそれは 負わされているのではなく
自ら手を伸ばしたのだと いう話

それでもそれは 罪 などではなく
そういう話をしようとする人が いるだけ 
という話 なのに 誰も
信じない

信じている人ほど信じていない
きっと

だから すがる
だから 背負っていると 思う

そうであるならば納得できるから
己の力の弱さにも 強さにも
責任を持たないで生きられるから


でもそれはきっと 
最初に望んでいたのとは違うかたち

背負ってなど いないのだと いうこと

それでいて 責任は 確かに ある のだということ

見たがらない 目を背けて
追いやってしまう ほんとうのすがた

誰もが 悲鳴を 上げながらも
維持し続けている それ は 何?



問いかけたくなる
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記事を整理しました。

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二度とは書けない現在の気持ち
二度とは戻れない過去の中に
既に終わったことでも
まだ続いているかのように
引き出しているうちに
引き戻される

何時が終わりなどと言うことは無い
既に終わったことしか 
認識していないのだから
もう終わったのだと 分かるだけでいい
分かるだけで 終わっている

手放すまでもなく
もうそこにはない物なのに
何時までも見えている 気がしているだけなのに
そうは思えない

それでもいつか
ふと分かる時がくる

もう 違うのだと 
そしてそれは 
怖いことでもなんでもないのだと

全てが 既に 何もなく 

元から無かったのだという事

与えられて 過ぎ去って

ただそれだけなのだという事
何の為に?と問いながら答えが返ってくるのを待つ、
というのが愚行なのかもしれない
問いかけたことも忘れるぐらい生きている時そのものしか
答えにならないのかもしれない

答えはとっくに見つかっているのに
見えないふりをする
浸りきっているその時しか
見えないけれど
その時は問いかけたことを忘れているから
答えは無いように思える


あからさまで常に明らかだったとしても
それはいつも怖いこと
何時だって確かなことなど何処にも無いのだから
いつだって不安定であることは
間違いが無いのに
これとあれとは違うと言って分けてみたりする
本当はどちらも全く同じ事なのに










一滴の言葉に全部が染められる気がする

受け止めなければ
受け入れなければ
どんな言葉も影響しない、と
誰が言おうと…


純然たる事実であったり
刷り込まれ続けた根深いものであったりした場合

それは響いてしまう




だから私は言葉が好きで
嫌いで

慎重に扱うべき道具だと
つくづく思う
他者に触れられる喜び
それは分離の恩恵

他者と自分を分けることで
「わたし」が生まれ
「あなた」が見える

分離がもたらした取り決めによって
分離がもたらした知覚によって
物に触れることができ 
他者に触れることができ
此処が在る

一人で考えることができる
色々な見方が生まれる
他者と話すことができる
新たな視点から愛することができる
それぞれが違う役割を分担し
新しいものを創り出すことができる

けれど そのせいで
己のみを尊重し
他者を蔑むことがある
あるいは逆のことが

分離の恩恵により
他者を嫌うことができる
裏切ることができる
憎むことができる
殺すことができる


この分け隔てのある世界に在って

「あなた」は「わたし」を

「わたし」は「あなた」を

目の前に映る 
切り離されたひとつひとつを

どう 捉えて
どう 扱えば いいのだろう

今何処にいるのかさえ 
分からないというのに

あなたは
迷子のまま 帰らないのか

帰路にて 思い出すのか

それとも今?
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